鮮度が命 瀬戸の小イワシ

★小さなボディに旨みと脂

まあ食べてみんさい。小イワシ揚げを。     

 衣はカリッ、身はトロッと柔らかでほどよい塩っ気。体長10㌢余の小さな身のどこに、こんな旨みとほどよい脂が隠されているのでしょう。骨はありますが、小さい子でも気にならないほど柔らかい。カルシウムはもちろん、大人にはうれしい血液サラサラのDHA(ドコサヘキサ塩酸)もたっぷり含まれています。

 おいしく、健康にもいいこの小イワシ。実は瀬戸内・広島の通名で、本名はカタクチイワシです。全国的には、だしをとるための煮干し(イリコ)としておなじみの健康食材ですが、広島では、大きめのものは、天ぷらや刺身の絶好のネタとして昔から重宝され、代表的な郷土料理です。

★江戸期以来の伝統漁

 広島市から西に30㌔。大竹市の沖合いに浮かぶ阿多田(あたた)島は強い季節風のただ中にありました。目と鼻の先には、厳島神社で有名な宮島。強い風にあおられ波に白いものが目立ちます。瀬戸内でも小イワシの代表的な漁場として知られる阿多田島。

 フェリーの港からすぐの阿多田島漁協事務所に40年以上小イワシ漁に携わっている同漁協参事、湊修さん(59)を訪ねました。「鮮度が命の小イワシ漁で、いち早く市場に届けられるよう朝一番に漁ができる免許をもろうとるのは、広島県内の数ある漁協でもうちの2統(船団)だけなんですよ」。江戸中期以来の伝統を誇る阿多田のイワシ網を今も守るプライドがちらりとのぞきます。

★運搬はスピード勝負

 毎年6月小イワシ漁が解禁になると、夜明け前から計5隻の船団が阿多田島近くの海域に出漁します。漁の中心になるのは、船体に、「鮮」の朱色の文字を丸で囲んだマークを大書した漁船2隻。銀鱗の美しい小イワシが網にかかるやスピード自慢の僚船に獲物を移し20㌔以上離れた広島市の草津漁協に運びます。

 運搬船は海上を疾走し30分弱で市場に到着。傷みやすい小イワシは鮮度で魚価が決まるとあってまさに時間勝負。漁船のいけすには氷を入れ、バケツに移す際も専用の網を用意。ウロコがはがれたり魚体を傷つけたりしないよう細心の注意を払います。

 太平洋、日本海、内海と全国どこでも獲れるカタクチイワシですが、天ぷらや刺身といった料理がなぜ他の地域ではあまり見られず広島の郷土料理になったのでしょう。その答えはやはり小イワシの傷みの速さに理由があるようです。阿多田島など広島湾入り口の安芸灘はカタクチイワシの宝庫でありながら大都市・広島という大消費地にほど近いロケーションです。冷凍技術がなかった時代、傷みやすい魚は近接地でないと賞味できないわけですね。ちなみに安芸灘に小イワシが多いのは、阿多田島の西方、山口県岩国市が河口の大河・錦川が海にもたらしてくれるプランクトン、つまり小イワシのエサが豊富だからと言われています。

★広島7大海の幸

 広島湾はカキ、アナゴ、メバル、アサリ、オコゼ、チヌ(クロダイ)など海の幸に恵まれ、小イワシを含めた7種を昔から「広島七大海の幸」と呼んでいます。こうした豪華メンバーの中でも、通常は「下魚」扱いされかねない小イワシが独特の個性と存在感を放ち長年愛され続けてきた事実は、それだけで真の実力がお分かりいただけるのではないでしょうか。 

 阿多田島でカタクチイワシは、体長の小さい順からチリメン(シラス)、チカ、カエリ、小羽、中羽、大羽と6つに区分して呼ばれます。このうち、天ぷら・揚げ物に適するのは10㌢程度の小羽以上といいます。近年遠隔地へは水揚げ後すぐ最新の装置で瞬間冷凍され出荷されます。名前の通り弱るのが速い小さな魚ですが約800㌔離れた東京でも関係者のさまざまな努力で、ほぼ獲りたての新鮮さが味わえるというわけです。

文:元地方紙新聞記者 / 写真:YABU's kitchen